映画「グランド・ジャーニー」公式サイト » PRODUCTION NOTE

この物語は、クリスチャン・ムレクが20年ほど前に初めてカオジロガンと共に渡りに取り組んだ実話に基づく。その頃、ヨーロッパ南東部での乱獲が原因となり、それ以前からの伝統的な渡り先であったラップランドから渡り鳥たちは姿を消してしまっていた。

そんな時にクリスチャンが思いついたのは、人間のもとで保護されている若い鳥を訓練し、かつて彼らが繁殖していた土地のことを人間の手で教え込んで、保護される土地へ渡らせることができないか、という突拍子もないアイデア。それが本作のモデルになったプロジェクトである<人間が渡り鳥に“渡り”を教える>という無謀な挑戦のきっかけだ。「自然に情熱を傾けているなかでも、とりわけ鳥に熱心なのはそれが自由の象徴だからだ。彼らは国境を知らない。空から見たときに彼らの眼下を流れていくどんな景色も、ずっと夢見てきたものなんだ」とクリスチャンは語る。

モデルとなったクリスチャン・ムレクに、映画化と小説化を提案したところから『グランド・ジャーニー』の冒険は始まった。監督の打診を受けたニコラ・ヴァニエはまず、鳥たちと飛ぶためにクリスチャンのもとを訪れた。クリスチャンはニコラとの共通点の多さから、もっと前に一緒に仕事をしていなかったことが不思議なくらいだと言い「飛んでみないと理解できない感覚がある。この物語は私が経験したことが基になっているが、ニコラのような筋金入りの人間がいなければ、こんな映画はできなかっただろう」と話す。

一方ニコラは、これまでの作品で自分の物語を語ってきたことから、他者の人生を描くということに魅力を感じたという。「何より、クリスチャンが雁のために挑戦して成功させたことを尊敬している。雁に新しい渡りの経路を覚えさせるために軽量飛行機(ULM)に乗って一緒に空を飛ぶという、少々無謀な挑戦だ。

彼の熱意は “自然界に救うべきものが残っているうちに行動する” という僕の理念にも似ていたんだ。絶滅してしまってからでは取り返しがつかないからね」。こうしてクリスチャンが成し遂げた無謀な挑戦は、ニコラの手によって、映像化と小説化にむけて走り出した。

これまで20本以上のドキュメンタリーを撮ってきたニコラは、「クリスチャンの物語はドキュメンタリーに最適だっただろう。でも彼の人生の冒険は、私を刺激し、フィクションとして小説や映画にしたいという欲求を駆り立てたんだ」と監督を引き受けた思いを述べた。そのなかでニコラに家族の再生を描きたいという欲求が生まれ、『グランド・ジャーニー』の骨子は築かれた。

さらに、モデルとなったクリスチャンは「ドキュメンタリーは自然愛好家に好まれる形式だが、多くの観客に見てもらおうとすれば、メッセージに力を与えるためにフィクション映画であることが不可欠。巨大スクリーンで観客が渡り鳥と一緒に飛ぶことができるのは素晴らしい経験であり、どんな媒体であれ、私は情熱を共有したい」と、本作をフィクションとして完成させた理由を語った。

本作は世界有数のフラミンゴの飛来地でありユネスコの自然保護区に指定されているカマルグと、ノルウェー北部のラップランドで撮影が行われた。クリスチャンはロケ地となったラップランドについてこう話した。

「ここは、かつてカリガネガンが繁殖していた場所なんだ。この湖で繁殖していたカリガネガンはもういない。私は、この地にはもういない種と一緒に飛んでいるんだよ。かつてこの場所を飛んでいた種と一緒に飛べるのは私の特権で、最も大きな望みは、かつて鳥たちが生きていたこの場所で、私が飛ぶことを教えた鳥たちに再会することなんだ。もし彼らが共に生きることを許してくれるなら、私は鳥たちの代弁者になって、彼らを保護することの重要さを説明しなくてはならないんだ」と語る。

撮影中もできるだけゴミが排出されないよう環境に配慮し撮影が進められた。

この映画をきっかけに、ニコラとクリスチャンは、300~400羽の鳥をラップランドから避難地へ移動させるという活動に取り組んでおり、すでにフランス政府やEU諸機関がそのプロジェクトに関心を示しているという。

世界的にも自然保護、環境保護が叫ばれる現代に向けて、ニコラ・ヴァニエ監督は、自然の中で人と鳥たちがつなぐ絆を瑞々しくも穏やかに描き出した。